日本の研究政策と日本版AAASの設立準備委員会の発足について

「日本は科学技術に優れた国」

私が子供のころには、そんなイメージがありました。
しかし、現代の日本は科学技術立国とは程遠い状況にあります。

科学を担う研究者の一番大切な仕事は、研究によってこれまで世界中の誰も知らなかった事実を、論文として世界に周知することにあります。

いくら立派な理論を考えついても、新たに有用な化学物質を発見しても、歴史上のターニングポイントに気が付いたとしても、それが論文として出力されず、頭の中や実験ノートに書かれているだけでは、その研究はなかったことと同じです。

そんな研究活動の基礎中の基礎であるところの論文の発表数について、日本国内の年次変化を見てみると、その数は1990年代の後半から頭打ちとなり、2000年代半ばからは減少に転じています。

「日本 論文数 年次変化」の画像検索結果

論文発表数が減少している国は、先進国では日本だけです。結局、日本の総論文数は、ピークだった2000年代半ばの世界2位から、2018年には世界6位まで減りました。(http://scienceandtechnology.jp/archives/16646

論文は数を出せばいいものではない、中身が大事だ、といった指摘もあるかと思います。

そこで、論文の引用回数、つまりどれだけの研究に参考にされたかで補正したランキングを見てみると、上位10%の引用回数の論文数は11位と、純粋な論文数よりも影響力が低いことがわかります。(https://www.tokyo-np.co.jp/article/15181

総括すると、現状の日本は研究の基本である論文の生産数すら全盛期より低下しており、技術立国とは程遠いといえます。

何でこんなことになってしまったのかについては、いろいろなことを言う人がいます。

ある人は大学を法人化した結果、大学の教員が研究活動以外にとられる時間があまりに多くなりすぎたと言います。事実、私の指導教員は常に学内の会議や講義、出張、外部予算獲得の書類作成や報告書の作成に追われ、まともに研究活動ができていませんでした。

また、大学や国が所管する研究法人では、「効率化係数」が設定され、毎年1%ずつ国から交付される運営費が削られていました(単純に交付金の金額が減らされているだけで、何が効率化されているのかさっぱりわからない)。その一方で、交付金以外の外部研究予算は選択化、集中化していき、政治家や役人が考える「重要な研究」に予算が集中的に投入されました。結果として、短期的には重要さが良くわからない地味な基礎研究は予算が取りにくくなり、研究室によっては実験器具の購入や印刷費にすら困るようになっていました。いくら予算を集中的に投入しても、一人の研究者が生産できる論文数には限りがありますし、将来的にどんな研究が役に立つのかなんて、現代人にはわからないのですから、集中的に資金を投入するのは、博打のようなもので非効率な投資だと個人的には思います。

さらに若手の研究人材の多くが任期3年や5年といったポストに置かれ、柔軟な発想で新しい研究に着手できるはずの期間に、腰を落ち着けて研究ができない、といった問題もあります。実際、任期付研究員として働いていた私は、任期切れるごろから情緒不安定気味で、次のポストが決まるまでの間、胃が痛んだり吐き気がしたりする中、何とか生きていました。こんな風に、働き口すら怪しい若手研究人材の実情を脇で見ている学生の多くは、よほど研究という活動に執着がない限り、大学院の博士後期課程に進もうなどとは思わないでしょう。

以上のようにいろいろと書いてきましたが、政策の全てが悪かったとは言いません。しかし、科学技術政策に問題がなかったとも思いません。

政策にものをいう人たちはいなかったのか、というお話ですが、おそらくいたと思います。研究者の待遇改善と技術立国の重要性を語った専門家も大勢いたのでしょう。でも政策は変わらなかった。

それはおそらく、研究者に配分するお金を絞っても、多くの人の目の前の実生活には影響せず、困る人の数が多くなかったからでしょう。

政治を担う政治家は、人々の投票によって選ばれるわけですから、数の少ない研究者が困っていると声を上げても、気にならないのでしょう。

また、政府に直接意見具申をできるような偉い立場にいる研究者はひょっとすると困っていないのかもしれません。


だからと言って、このまま研究費が足りない、労働環境が悪い、このままでは海外の研究力と溝が空いてしまう、いずれは、産業も情報も安全保障もプラットフォームは全てアメリカと中国の技術に依存することになりかねない…などとぐちぐち文句を言いながら日本の研究力が下がっていくのを眺めているわけにもいきません。

そんな時、若手研究者が中心となって、日本版AAASを立ち上げようとしていることを知りました。(https://jaas.group/




AAASとは…

アメリカ科学振興協会(アメリカかがくしんこうきょうかい、American Association for the Advancement of Science; AAAS)は、科学者間の協力を促進し、科学的自由を守り、科学界からの情報発信を奨励し、全人類の幸福のために科学教育をサポートする組織である。世界的にも最大級の学術団体で、有名な科学雑誌『サイエンス』の出版元としても知られている。 Wikipediaより




日本にも科学者の団体は様々ありますが、AAASのように広く最新の科学に関する知見を一般の人々に提示して情報交流したり、政治家や役人と意見交換や具申をしたり、といったボトムアップ型の大規模な組織は存在しませんでした。

研究者が何を考えているのか、何が必要だと思っているのかを一方的に訴えるのではなく、様々な立場の人と対話しながら、現在の日本の研究が置かれている厳しい状況と日本が技術立国を取り戻す必要があることを理解してもらう。そうした組織が今こそ必要なのではないかと思います。

私自身、「研究とか発見って面白い」と少しでも多くの人に思ってもらい、ちょっとでいいから研究に目を向けてもらいたい、という気持ちがあり、自分自身が面白いと思った論文を部分的に翻訳して雑学の動画を作ったりしています。

もしも、そうした研究者の気持ちに対して少しでも感じるところがあれば、日本版AAASに賛同していただけないでしょうか。

私は上記の委員会の準備委員でもないただの賛同者ですが、準備委員の皆さんも、研究者でない方々から賛同があれば心強いのではないかと思います。

実際に組織の活動がどのようなものになるのかは未知数ですが、私は期待したいと思っています。