体験談:1月末のあれはひょっとして新型コロナウィルス感染症だったのではないか、という話


こんにちは。私です。
昨日、このようなニュースを読みました。

仏 12月時点ですでに新型コロナ感染者 感染拡大探る手がかり
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200505/k10012418701000.html

フランスにおいて昨年末「インフルエンザ様」の症状で入院した患者の検体から、新型コロナウィルスが検出された。すなわち、12月末には既に新型コロナウィルスがフランス国内に入ってきていたことが強く示唆された、との報道です。

仮に昨年末の段階でフランスに同感染症が入ってきていたのだとすれば、中国人観光客が大量に入国していた日本においても、当初想定されていたよりもずっと早い段階で同感染症流入、水面下で感染拡大していたのではないかと考えられます。

それを踏まえて、1月末から2月頭にかけて起こった、我が家で起きた「新型コロナウィルス感染症疑い」について当時のメールやLINE等の記録をたどりながら振り返ってみたいと思います。


~~~ここから回想~~~

2020年1月23日(木)
LINEで大学時代のサークルの先輩や仲のいい同期、東京勤めの後輩などと、1月25日(土)に東京で飲む相談。
私は慢性の副鼻腔炎が治りきっていなかったため参加するか少し悩んだが、なかなかない機会+最近はずいぶん体調も回復してきたということで参加することに決める。東京の飲み屋を幹事に代わって予約。私と妻は大学のサークルで知り合った中なので、2人そろっての参加予定。なかなかない機会なので楽しみ。

2020年1月25日(土)
19時ごろ
東京、上野の大衆居酒屋に集まる。参加を表明していたが仕事でこれなくなった後輩もいて少し残念。参加者総勢7名。
まだ世界は新型コロナウィルスの話題一色に包まれる前で、土曜の夜の飲み屋はほぼ満席。
大学時代の話や今の仕事の話、子供がもうすぐ生まれるという後輩の話などで盛り上がる。

22時00分ごろ
1次会は終了。次の日に仕事のある人、宿までの戻りの都合がある人が帰宅。
名残惜しいので、残った4人で二店目に。どこも閉店前やラストオーダーの時間帯だったため、地下にある手狭な居酒屋へ。こちらも激混み+少し汚い。換気もきいていない。23時ごろまで他愛もない話をしながら過ごす。そのままお開き。
同期の友人が宿をとらずに来たというので、彼を伴って鉄道を使って帰宅する。

2020年1月26日(日)
若干の二日酔いを感じながら起床。近場の喫茶店で妻、友人とともにモーニングを食べる。友人はそのまま地元へ帰宅。この時点では私は下痢気味、妻は特に症状なし。飲み会の次の日に下痢をするのはいつものことなので特に気にせず。

2020年1月27日(月)
特に体調に異常はない。妻、私ともに出勤する。

2020年1月28日(火)
朝の段階では妻、私ともに特に体調に異常は感じない。出勤する。
夕刻、妻よりショートメール。「調子が悪く、夕飯を作れそうにない。何か買って食べてくれ」とのこと。
状況が見えないので早めに帰宅。私の夕飯と妻が食べることができそうな消化のよさそうな食品を買い、自宅に戻ると、寝室で妻が苦しそうな顔で寝ている。曰く「昼頃から急に熱っぽく具合が悪くなった。39度を超える熱があり、節々や筋肉があちこち痛む」という。
妻とは10年以上の付き合いになるが、風邪を引いた、熱を出したことなどこれまでにない。
症状および時期的にインフルエンザを強く疑い、即座に寝室に妻を隔離。ドアノブ、照明のスイッチ、トイレの共用部分の消毒などを行う。

2020年1月29日(水)
私は体調に異常なし。妻は引き続き赤い顔。熱も39度に近い。
妻がインフルエンザであったとすると、私も潜伏期間にある可能性が高い。この日は妻、私ともに仕事を休む。
妻は歩いたり、車を運転したりすることが困難な状況にあったので、ペーパードライバーの私が彼女の車を運転して近くの内科まで連れていく。結果、インフルエンザは陰性。ただの風邪との診断。解熱剤と漢方薬が処方される。しかし、ただの風邪であの健康優良児の妻がこれほど苦しむとは思えなかったため、偽陰性あるいはその他の感染症の可能性が高いと判断。このため、隔離は維持し、部屋の出入りは食事の提供と換気時のみ。接触時は必ずマスクをつけて接するようにした。
この休みを使い、共倒れに備えた買い物を行う。ウィダー、スポーツドリンク、レトルトのおかゆ、ある程度回復した時に食べられるよう、レトルトの鮭の切り身や卵などをおおむね1週間強分買い込む。
また、使い捨てマスク、使い捨てプラスチックグローブ、消毒用エタノールなど、必要そうな物品を購入。

2020年1月30日(木)
妻は解熱剤が効いたのか、熱が37度台まで下がる。少し安心した。しかし、このころから扉越しに咳がよく聞こえるようになる。
私は平熱。しかし、治りかけていた副鼻腔炎が突然ひどく悪化しはじめ、数日前とは全く違う、とんでもない量の黄ばんだ鼻水が出てくるようになる。また、喉が少しイガイガし、頭も重く、肩の関節にも違和感がある。この段階で妻から何らかの感染症をもらってしまったと確信する。
私の症状は典型的なインフルエンザの症状ではないが、万が一があるため、この日も仕事を休む。そして、副鼻腔炎の治療を受けていた耳鼻科で診療を受ける。
結果、インフルエンザは陰性。しかし、鼻粘膜は副鼻腔炎の治療開始直後に近いレベルで腫れているとのこと。このため、慢性副鼻腔炎向けのマクロライド系の抗生剤から菌を殺すことに特化したセフェム系の抗生剤に逆戻りとなる。

2020年1月31日(金)
妻の熱が36度台後半まで下がる。彼女の平熱よりはまだ少し高いが、ここまで下がるとだいぶ安心感がある。しかし、咳は止まらない。咳に限定してみると、最初より悪化しているような気すらする。この日までウィダースポドリ・ヨーグルトで生きてきた妻だが、「甘い味に飽きた。もう食べたくない」というので、食事を白がゆ、鮭がゆ、卵がゆに変える。食事に注文が出てきたので、だいぶ回復してきたように見える。
私は相変わらず平熱。しかし、鼻水は相変わらずとんでもない量が出るし、鼻をかまないとすぐ詰まる。しかし、これ以上仕事も休んでいられないので、マスクをつけ、なるべく人と接触しないようにしつつ、最小限の仕事を済ませに出勤する。

2020年2月1、2日(土、日)
妻の熱は36度台を維持。食事も納豆ご飯や鮭の切り身も大丈夫そう。ここまでくれば大丈夫だろう。相変わらず咳は続いているが、顔色を見ても明らかに生気が戻ってきている。
私も平熱を維持。相変わらず濁った黄色の鼻水が出続ける。食べ物のにおいは感じるものの、鼻詰まりのせいか弱い。これが原因か食欲もいまいち出ない。

2020年2月3日(月)~
妻の咳は相変わらずだが、熱は下がり、体も元気そうなので、この日から職場に復帰する。
ただ、この後も咳は1週間以上出続けていた。この間、職場ではマスクを常時つけ、あまり人と接することがないよう気を付けていたそうだ。
私もこの週は休まず出勤した。職場では以前は昼食を同僚やパートさんと一緒に食べるのが習慣だったが、このころから一人で昼食を食べるようになった。
私の鼻の状態は相変わらず浮き沈みを繰り返していて、慢性副鼻腔炎の治療は今も継続している(5月6日現在)。しかし、鼻水の黄ばみと量はだいぶ減ってきたので、最近はだいぶ調子がいい。

~~~回想ここまで~~~

〇上記から、妻と私が新型コロナウィルス感染症だったのではないかと思われる部分
①妻が調子を崩す3日前に、ザ3密、という感じの東京の大衆居酒屋でお酒を飲んでいた。
②妻の症状が報道等で見る典型的な新型コロナウィルス感染症の症状かつインフルエンザの簡易検査結果が陰性だった。また、私もインフルエンザの検査結果は陰性だった。
③妻はこれまでちょっとやそっとのことでは熱など出さない健康優良児だったので、「ただの風邪」でここまで大崩れし、熱が3,4日出続けたり、延々と咳が続いたりするようには思えない。

〇そうは言いながら新型コロナウィルス感染症ではないだろうと思っていた理由
①東京で最初の感染者が確認されたのが1月24日。ほぼ同時期に東京都内に新型コロナウィルス感染症が蔓延していた可能性は低いだろう。
②同席した他のメンバーが熱を出したという話を聞かない(ほかのメンバーも健康優良児ばかりだが)。
③妻から感染したのではと思われる私の症状は典型的な新型コロナウィルス感染症とはだいぶ違う感じがする。
④妻の職場、私の職場ともに、その後、感染が疑わしい人が出ていないので、報道されているような高い感染力を誇っている新型コロナウィルス感染症の広がり方としては不自然。

しかし、「12月時点ですでに日本国内でもある程度新型コロナウィルス感染症が広がっていた」とすれば、新型コロナウィルス感染症ではないだろうと思っていた一番大きい理由その①が無効になります。また、兵庫県の調査ですでに抗体を持っている感染経験のある人がかなりいそうという報道からも、我が家のあれはやはりそうだったのではないかというような気がします。
https://www.news24.jp/articles/2020/05/03/07636493.html

もはやあの出来事から3カ月以上が過ぎているため、PCR検査では確認不能ですが、我々夫婦が抗体検査を受けると、ひょっとすると感染済みの線が出てくるのでは、と疑っています。

結局、真偽のほどは定かではありません。また、仮に抗体を持っていても新型コロナウィルス感染症への感染を防いでくれるかも定かではありません。
しかし、家庭内での隔離戦略や、職場に出勤しない等の方策は、経験則上うまくいったのではないか、というように思うので、これからもこの経験を思い出しながら、最小限の買い物や出勤を維持しながら生活していく所存です。